読んでみた:『Ron ConwayがSV Angelに$20Mを投資–これから伸びる「三大メガトレンド」を語る』

Conwayは今現在のトレンドについても述べた。彼がプッシュする“メガトレンド”は3つだ…リアルタイムデータ、ソーシャルWeb、そしてフラッシュマーケティング。いずれも彼によれば、”ビリオンダラー(billion dollar, 数十億ドル規模)の業態”だ。

リアルタイムデータのスタートアップは”クラウドソース(crowd sourcing, ユーザ起源)や集団知(collective wisdom)を利用して適切性に優れた最新のデータを作り出す”。Twitter、Foursquare、Quora、Hunchなどはいずれもリアルタイムデータスタートアップの例だ、と彼は言う。

彼によればまた、FacebookやTwitterの爆発的な成長は、ソーシャルメディアが定着したことを表している。そしてこのエコシステムの中で今後も新しいスタートアップが成長し成功するだろう。

フラッシュマーケティング(flash marketing, 瞬間マーケティング, 売り切りマーケティング*)、またの名ソーシャルコマース(social commerce, ソーシャル商業)を得意とするGilt GroupやGrouponは、”突然伸びてきたスタートアップ”で、eコマース(電子商業)に革命をもたらした。彼によれば、今から3年後にはeコマースという言葉でWalmart、Target、Amazonなどの名前を思い出す人は誰もいなくなる。そのころは、eコマースといえば圧倒的に、フラッシュマーケティングをやっている新興企業たちのことだ。〔*: 多くの場合、単品売り切りマーケティング。〕

3年後にAmazonが過去の会社になるだって?
うーん、どの程度の過去かわからないけど、今のYahooくらいならあり得るかも。
でも、AppleだってSONYくらいになるかもしれない。

だから個別の企業を投資対象にするのではなくて、メガトレンドを押さえてその中の有望企業に投資っては
VC としては大正解ってかお手本だと思う。

読んでみた:『「情報過多の時代」の鍵は「キュレーション」 | WIRED VISION』

1.ウェブの自由さを、ソーシャルサイトがキュレーション

誰もが自分のウェブサイトを作ることができるようになった当時、人々は、その制限のない自由さに最初は喜んだが、大半の人は結局、その状況に尻込みした。HTMLの学習とページの更新に多大な時間を費やしたとしても、友人が自分のページを見つけてくれるという保証はなかった。

このような理由から、個人制作のサイトというのは、いまだにコンピューター好きのギークのものであり続けている。いっぽうで、『Facebook』『LinkedIn』『Tumblr』『Flickr』などの前もってページを準備してくれるソーシャル・サービスは、プライバシーの懸念があるにもかかわらず繁栄している。つまり、われわれはウェブの自由さに直面したが、ソーシャルサイトによるキュレーションのほうを選んだのだ。

自由というものに呪われている、と言った(と記憶している)のはサルトル。自由というのは時に甘く、時に苦いもの。自由にしていいとは、自分でなんとかするということ。悲壮な覚悟で手に入れるのが自由。

私にとってウェブ世界はそこまでの覚悟をもって向き合う対象ではない。それには技術的問題もあるのだが、そもそもなんとか技術的障壁を克服しようとするつもりが無い。せいぜい、できるだけ賢くウェブの成果を甘受したいとあがく程度だ。

それゆえに、この記事で取り上げられているようなサービスを使っている。楽しむために。

もっとも、こうした立場はまさにデジタル社会の格差では下方でいることを固定化されてしまう。それは甘受しなくてはならないか。

読んでみた:『フェースブックに人生を翻弄される米国人 中高年インテリがなぜ依存症に? JBpress(日本ビジネスプレス)』

FB依存症を生む理由の1つは、「mixi」などと異なり、FBには「足跡」機能がないことが大きいのではないか。FBでは誰のページを閲覧しても、誰が何度、どのくらいの時間を費やしたかが、一切分からない。つまり「覗き見」をしたい放題という側面があるのだ。

 しかも、ほとんどの人が実名と自分や家族の写真をプロフィール用に使っている。名前さえ分かれば、仕事で知り合った人、パーティーで一言だけ交わした人、同僚や友人の交際相手や結婚相手、過去の交際相手や、学校時代の同級生などのFBページを探し出し、かなりの情報を得ることができる。

 プライバシーを守るために友人以外には情報を公開していない人もいるが、その一方で、すべての情報を公開している人も少なくない。写真と一緒に過去の掲載コメントを読めば、その人の生活の様子、人となり、家族構成、休日の過ごし方、交友関係など、親しい間柄でも知り得なかったようなことが手に取るように分かってしまう。

 だからこそ、中高年のインテリ層がFBの泥沼にはまってしまうのだ。

 彼らはちょうど、他の人たちがどのくらい成功しているか、どんな家族構成でどの程度の生活をしているのかなど、自分と他人との比較に興味津津の時期を迎えている。羞恥心が邪魔をして質問できなかったようなことも、FBページを通せばすぐに分かるというわけだ。

Facebook。確かに面白いですね。私はFacebookを、分散しがちなウェブサービスの集積地になるかなあ、と思って始めました。とくにtumblrとposterousを一緒にするのに丁度イイwebサービスを見つけられずにいたので。

ところが、いざ始めると「友達」の方々の様々な活動に触発されて、私も音楽や映画、本、ブログ記事なんかを集めるようになったのです。そしたら、それに「いいね」と言ってくださる方もおりまして。嬉しいですよね。そういうの。

Facebookは滞留時間が長くなることによって生じる情報の蓄積を、参加者自身が自分のページで視覚的に認識できるってのもありますね。活動時間と情報蓄積が正比例してるので、40代である私も感覚的に受け入れ易いです。

その点、Twitteは情報が(何もせず)そのままだとタイムラインにのってどこかへ行ってしまいます。そのコト自体は私にはとても衝撃的でしたが、つぶやいてそれっきりの情報発信ってのは正直、日常感覚とは違いすぎです。まあ、だから面白いってもありますけどね。なんか歴史的な体験に参加しているみたいな。

とはいうものの、やはりオッサンの私には生理的な取っ付き易さではfacebookに軍配があがりますし、アメリカの中高年がハマってしまうのもわかります。

でもですねぇ、この記事のように現実社会のストレスの行き場のひとつになるような状況ってのはどうかと思います。彼らにとっての知りたい情報が簡単に集まりすぎたのでしょうか。

『過ぎたるは及ばざるが如し』

ネットワーク上の情報の集積地であるFacebookの過ごし方というかリテラシーを習得して身を処する必要がありますね。私たち自身で出来る限りコントロールすべきでしょう。

Facebookの次にくる、もっとネットワークにがしがしとなる社会で生き残るためにも。

「 Facebookは明日のGoogleに、Googleは明日のマイクロソフトになるのか? 」 のまとめ

一方Facebookは、世界のアイデンティティー管理人となった ― 年齢、性別、位置、出身校、勤務先、友人関係 ― この個人情報のすべてが、ユーザーが関心を持つであろう情報の断片を提供するために用いられる。いとこの結婚式の写真が見たい時、同僚がこの週末見ている映画を知りたい時、友だちが「いいね」と思った音楽が何かを知りたい時、あなたはFacebookに行く必要がある。要するに、みんなは今何かを発見するためにはFacebookに行くよう馴らされてしまったのだ。Facebookアプリケーションプラットホームの成長と、FarmvilleやMafia Warsをはじめとするアプリに(これまでのところ)助けられ、Facebookはエンターテイメントや時間を費やすためのウェブ最大の目的地へと成長を遂げたのである。

私も今、Facebookに吸い寄せられているところ。なにしろ、利用しているwebサービスの多くとネットワークができていて、集積地として便利なのだ。

私のように技術力がないくせに、色んなサービスをつまみ食いしている人間にとって、それをまとめてくれる機能はそれだけでありがたい。

また、情報インフラの要素が強くなりすぎたTwitterより、ちょっと今のFacebookの方が居心地がいいのも確か。まだ、人も少ないし。

もうしばらくは会員制クラブみたいな現状を楽しみたいですね>Facebook

「面倒くさいのでいい加減なGTDの始め方をした – 機械」 のまとめ

さらにざっくりまとめると、GTDの流れは

  1. やるべきこと、気になることを全て書き出す
  2. 次にやらなければならないことをリスト化する
  3. リストを最新の状態に保つ

 となります。俺はGTDの肝は「2.次にやらなければならないことをリスト化する」だと考えています。大事なのは「次の一手」レベルまで噛み砕いて具体的に書くということ。

 たとえば、宴会の幹事をやらなければならないとします。ここでタスクリストにそのまま「宴会の手配」と書くのはNG。まず出欠を確認して、会場を探して、電話で予約して、会費を集めて…といった流れですから、リストにはまず「出欠確認のメールを出す」と書く。

 余裕のあるときに前もって「次の行動」を複数考えておけば、実際に行動選択をする際はリストから選ぶだけ。次に何をすべきかで悩むことなく常に最適な行動が取れるわけです。

ちっともいい加減じゃないです。要点をきっちり抑えて、まずは実行できることから始め、それを継続する。これってとっても大切なこと。

とくに参考になるのは、次にやることを細分化し実行段階でよけいな思考が生じる余地をなくすこと。

やるときゃ余計なこと考えずに体を動かすんだよ。

ええ、分かっちゃいるんですけどね。

「ノーベル賞受賞者も実践! 究極の時間術「棚上げ・不完全法」(プレジデント) – Yahoo!ニュース」 のまとめ

おそらく過去のノーベル賞も、計画の達成度は70~80%程度だったに違いない。研究者が考えるべきは、限られた材料でいかに質の高い論文を完成させるかということだ。私を含め理系の研究者は、常に仕事の質と期限とのバランスを念頭においているのだ。
 多少のアラがあっても、期限までに許容範囲のクオリティで全体を完成させること。どんなときでも、不完全になる“勇気”を持つことが大切なのだ。

「棚上げ法」や「不完全法」を実践することで、わからないことや、未達成なことがあっても、まずは全体の把握と期限内の完成を念頭に、一気に進むことが可能だ。細かいことを気にしないので、これは意外と気楽なものである。
 不完全を許容できない文系の人間が、完璧を求めるあまり陥る「不安」の「底なし沼」にはまることもない。メンタル面においても優れた戦術といえるだろう。時間をうまく活用していくことができるのは、いい加減を「良い加減」で使いこなせる人だ。

これは、ベンチャー企業などで言われているスピード重視経営に通じるものがありますね。ただ、注意しなければいけないことは、70~80%の完成度は必要だということです。これ、そんなに簡単ではないですよね。

特にそれが新規性の強いものであればあるほど、楽ではないです。

私のようなズボラな人間は、上記とは逆に、もう少し完璧を目指すほうに努力しないとイケないかも。自戒せねば。

「試験に合格するためにやってみたこと(5つ) – かみんぐあうとっ」 のまとめ

1.1日の勉強ノルマを決める。

2.勉強する時間を決める。

3.過去問をとにかく解く。

4.模擬問題を時間を計って解いてみる。

5.自分の苦手分野を克服する。

個人差もあるでしょうけど、私としては1,2が一番難しいですね。なかなか、予定通りにはいきません。急な用件もあるでしょうし、体調もあります。

最も有効で判りやすい解決策は、今、巷で流行している朝時間の有効活用では?

そう考えると、流行にも理由があるのかもしれません。

とはいえ、ちょいと景気が良くなるとこれまでの反動で仕事量が増加するでしょうから、朝時間の活用が難しくなるでしょうね。

ふむ、不景気ってもの自己研鑽にはいいのかもしれませんね。