ちょっこし醒めた Evernote

引用したエントリーは今、盛り上がっている Evernote の情報集積を、その労力を鑑みて否定したもの。もちろん、その結論は筆者の個人的な体験に基づいている。

翻って、私自身はどうか。
私の Evernote の使用状況は、正直まったくもってなっていない。使用目的はwebクリップが殆どで、アウトプットには全然結びついていない状況である。かれこれ2年近く使ってるのだが。
そんなわけで、ノートブックやタグの使い方に興味はあるが真剣ではない。別に上手くいかなくても困らないからだ。
そんな私が言うのもオコガマシイが、ツールとしての Evernote の出来不出来はあくまで個別状況によるもので、このエントリーにある推進派の見解もこのエントリーのような否定的な見解も全く必要はないと思っている。しょせん、自分の状況に相応しい使い方しかできないのだから。

と、ここまで書いて、私自身が Evernote に対してちょっこし醒めた目で見ていることに気が付いた。決して否定的になったわけではないのですけど。

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情報は一箇所にまとめておいたほうが良い。これはよく言われることだ。理由は簡単。検索が楽になるからだ。どこの棚に入っているかわからなくなったら、取り出すどころの話ではない。本当に捨てずに取っておいたのか、そもそもここに入れておいたのか。見つかるまでひたすら考え続けなくてはならない。疑心暗鬼との戦いになる。

そもそもいつ使うかわからない情報に、「タグつけ」や、「フォルダわけ」などの労力を費やす意味など無い。情報を最終形にまとめるときに労力を使うべきであって、溜める最中から労力を使ってしまったのでは、溜めることに満足してしまうことになりかねない。目的と手段が逆転してしまっている。まさに本末転倒である。

Evernote活用系の話を見聞きするたびにこの本末転倒の四字熟語が目の前を横切る。何度も何度もEvernoteを活用するため工夫したり自分ルールを作ったりしたが、結局使いこなせなかった。かといって他人の使い方など参考にもならない。もっとマメに作業を繰り返さないと使えないようなルールで縛られていて、面倒くさがりやの自分にはとても真似できないことばかりだ。ToDoをつくるためのToDoがあるんじゃないかと言うくらいキッチリ作りこまれたToDoには関心するがとても自分事として考えることはできなかった。

ここでEvernoteを溜めとく先に使わない決定的な理由を述べよう。GmailにEvernoteで作ったドキュメントを読み込んだ事は何度もあったが、EvernoteにGmailのメールデータをインポートすることは絶対なかったということ。これこそが私個人がEvernoteで情報を溜めるような使い方ができない理由だ。普通にEvernoteを使ってしまうと情報がバラバラになってしまい管理が面倒くさい。

シンプルなのが一番。そもそもToDoや情報の一元化が目指していたのはそこにしかない。シンプルであること。こんな文字通り単純なことを、Evernote活用推進勢力には思い出せないのではないか。

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